Life adjustment office
ONE TREE
「あなたらしさという自由」
算命学による宿命・運命鑑定
今、人生においてどのような時か?
今、なにをすべきか?
これからどのように生きればよいか?
例えば「将来の不安」について、
仕事はうまくいくのか、
何が向いているのか、
活躍できる時は来るのか、
恋愛は、結婚は、家庭は築けるのか、
例えば「子育ての悩み」について、
子どもの特性を分析し、
理想の育て方をお伝えします。
例えば「会社経営の悩み」
組織を健全に保ち、
活性化させるためのマネジメント、
人を生かす企業体質の構築など、
古の学問「算命学」が
その「こたえ」を導き出します。
自分の宿命を知ること
自分の宿命が生きる環境を知ること
自分の人生において今がどのようなときかを知ること
知ることで心は定まり
より良い運命を導き出すことができます
宿命を知ることで運命は変えられる
まずはお気軽にご相談ください
賢樹
Kenji
事業内容
算命学鑑定・姓名判断
相談内容
将来設計/人間関係/健康/家族/夫婦/子育て/親族問題/介護問題/住宅購入/転居
恋愛/結婚/才能/適職/就職/転職/起業/人選/組織マネジメント/動物の気持ち etc.
鑑定料金
基本料金 18,000円/60分
+出張費11,000円(近畿二府四県以外)
◉紹介者がいる場合は11,000円/60分、出張費は要相談となります。
◯海外の場合はお問い合わせください。
◯オンライン鑑定も行なっておりますのでまずはご相談ください。
※鑑定場所は都度ご相談となります。
※鑑定後に簡易な鑑定報告書をお渡しいたします。
※全国、海外出張も承っておりますのでまずはご相談ください。
賢樹 Kenji
経歴―
京都出身。
東京での学生生活を経て、医療機関でソーシャルワーカーとして勤務、その後高齢者施設の長として経営マネジメントに携わる。
そうしたなかで多くの患者、高齢者、その家族の人生と関わりながら、人の運命を深く考えるようになり、学術的な観点から人の「宿命」「運命」を知るために算命学を学び始める。
ライセンス
算命学アドバイザー®︎/算命学占術士®︎/社会福祉士/ケアストレスカウンセラー etc.
算命学
古代中国から現代の日本へと伝承されてきた「命」に宿るものを「算」出し、
いかにして生きるかを知る「学問」
「時間」と「空間」の理論をベースに大自然の法則を十干十二支で表し、生まれた瞬間にある星の位置から人の「宿命」と「命の道程」を解き明かしていく。
私の想い~My feelings
算命学にはこのような教えがあります。
「役目と環境が一致するところにおいては自然がその人を必要とする存在となり、役目と環境が一致しないところにおいては自然はその人を淘汰する」
命に与えられた役目と合わない環境にあるのではなく、命に与えられた役目に見合う環境で命を輝かせなさいということです。
命に与えられた役目とは?
それは「宿命」を生かすことです。
算命学は太古の昔、天と地の間に生きる「人」を自然界の法則と天にある五惑星(木星、火星、土星、金星、水星)の動きから解き明かした学問です。
「宿命」はこの世界に生を受けた日、その瞬間の「空間」と「時間」の状態によって決まる「命の設計図」であり、その「宿命(命の設計図)」と織りなす「環境」の接点に「運命」は紡ぎ出されます。
つまり、「宿命」は普遍なるものですが、「運命」は「宿命」を知り、それに見合う「環境」を作り出すことでいかようにも変えていけるものなのです。
では、「心」はどうでしょう?
算命学では「心」は、器となる「肉体」に中身である「精神」あるいは「魂」と呼ばれるものがそそがれる瞬間、その中間に生まれるものとされています。
「心」は中庸であることが大切です。
算命学の真髄は、「肉体」と「精神」あるいは「魂」と呼ばれるもの、それぞれの「宿命(命の設計図)」を読み解き、「心」をバランスのとれた自然な状態に解き放つことにあります。
まずは自分の「宿命(命の設計図)」を知ること、そして今が人生においてどのような時かを知ること、その上で「宿命(命の設計図)」とその時に見合う「環境」を作り出していくことで「運命」はより豊かなものへとなっていきます。
あなたの「幸せ」はあなたでないと気づけません。
あなたの命が「あるべき姿」に近づけるよう、「心」に埋もれた声に気づけるよう、対話を通して鑑定させていただきます。
この世界に生きる人々の心に明かりを灯すこと、それが私に与えられた自然界の役目です。
賢樹
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コラム「生命の樹」
欠けた茶碗
古来より日本には「欠けた茶碗」を愛でるという美的センスがあります。
茶道では割れて補修した茶碗の方が審美的価値が高いとして重宝されることもあると聞きますが、そこには不完全、素朴、古びたもののなかに内面的な奥深さや時の流れという趣を愛でる「わびさび(侘・寂)」という日本の伝統的な美意識が生きているように感じます。
戦国の世を生きた茶人千利休は、豊臣秀吉が投げ捨ててひびが入った竹花入を持ち帰り、床の間にかけて花を入れます。
当然の如く、ひびから水はしたたり落ち、畳は濡れてしまいますが、客人がそれを指摘すると利休は「この水の滴ることこそが命なのです」と答えたそうです。
彼は「欠ける」あるいは「壊れる」という自然の摂理さえ価値あるものとして愛でたのでしょう。
私の扱う「算命学」は時間と空間の理論から成り立ちますが、そのなかに天中殺理論というものがあります。
天中殺とは簡単にいうと時間の経過のなかで空間のみが欠けた状態のことです。
この空間が欠けた天中殺というものを命に宿す方がいます。
専門的には宿命天中殺と言いますが、私はこの宿命を持つ方たちの生き方には独特な美しさがあると感じています。
実際に彼らの生き方は社会において何かしらの異彩を放つのですが、時代を振り返っても世の中の仕組みや価値観を破壊、あるいは創造してきた人の多くはこの宿命の方たちです。
ですが、彼らの多くは幼い頃から家族や社会の中で生きることに悩み、苦しみ、それによって磨かれた人格を持って後に高貴な生き方となっていきます。
また、その天中殺という現象を命に宿していなくとも、人生のある時期においてのみ現れる方がいます。
専門的には大運天中殺、あるいは瞬間的、爆発的に運が変動するため凡人の瞬運と言いますが、彼らはその時期でのみ異様な美しさを放ちます。
生涯にわたって異彩を放つ存在と、ある時期においてのみ異彩を放つ存在があるということです。
どちらにせよ、人もまた、欠けたところに美しさを見いだす生き物だということです。
欠けたものを心のなかで美しいと感じる人は、本当の完全とはなにかを知っている人です。
人の幸せもまた、完全を求めるのではなく「欠けた茶碗」のような不完全なものを心のなかで完全なものと思えるところにあるのかもしれません。
賢樹
結晶
自分は何者か、どんな人間か、問われることがあります。
鑑定上、感性を持って学術的な観点から、その人を言葉で形容していきますが、行き着くところ、その奥底にある人の魂の核心に触れることは難しいものです。
人の魂の核心とは、
人は何かを求め、得ることに意識が向かいやすい生き物です。
経済的豊かさ、社会的地位、家族愛、あるいは健康、心の平和、知的満足、人が求めるものは様々です。
そして、そうした人の欲には際限がありません。
ですが人間は、得るほどに、豊かになっていくほどに、自分というものを見失いやすくなります。
だから少し、考え方を変えてみるのです。
何を得るかに人生の重きを置くのではなく、
何を失ったかに思いを馳せてみるのです。
すると、今の自分がなんとなく見えてくるかもしれません。
得たものはいつか失います。
そして、失ったものは二度と戻りません。
たとえ人間関係において再会があったとしても、それはもう別のなにか、
喪失から生まれる感情に浸る時間は必要ですが、
大切なことは喪失の後に生まれた想いに目を向け、そこから未来を描いていけるかどうかです。
その想いが描く未来に、失ったものはあなたを通して現れます。
それはあなたの生き方の片鱗となっているかもしれません。
あるいは、新たに得る何かに映るかもしれません。
ですが、あなたの歩む未来に失ったものは必ず宿るのです。
人は過去に囚われる生き物ではなく、過去の意味を未来に問いかけていく生き物です。
それは獲得ではなく、喪失において鮮明に現れます。
人生は失うことの連続、
その連続のなかで削ぎ落とされていった先に残る「結晶」こそ、あなたの魂の核心です。
そこに自分は何者かの答えがあります。
生きるとは本来のあなた、その魂の核心となる「結晶」を取り戻す過程なのです。
考える前に、知るところから始めましょう。
暗がりに蝋燭の火を灯すように。
きっと、あなたという「結晶」がそこに輝いているはずです。
賢樹
夢は現実の苗木
行動は想いの華であり、そこから生まれる喜びや悲しみといった感情は果実である。
昔、ある哲学者が残した言葉です。
以前もコラムで書きましたが、想いは人の夢です。
人の夢が現実の苗木となって、あなたの人生のなかで育まれ、緑豊かな未来を築いていくことになります。
幼き日、ある人がよく口にしていた言葉があります。
「この世は夢の上」
この世は夢の上にあると、、
当時は苦しみから逃れたい口実なのか、あるいはこの世の儚さを謳っているのかと思いました。
しかし、今思うとその言葉は、
この世は人々の夢の苗木が育った緑豊かな世界である、ということを表現していたのかもしれません。
言葉とは、その人の心の状態、ありようによって見える姿が変わるものです。
人には様々な想い、夢があります。
それがどのような夢であっても、夢を持つ人の目には輝きがあります。
植物の成長を愛でるような温かさがあります。
人生を通して、
どのような大樹に育つのか、
どのような華を咲かせ、
どのような果実を実らせるのか、
あなただけの夢の苗木を育んでいきましょう。
大丈夫、
焦らずとも、時がくれば必ず華は咲き、果実は実ります。
そして、その大樹を彩る華やそこに実る果実が、また誰かの想いへと繋がり、そこに新たな夢の苗木が生まれ、やがて美しい華を咲かせていくのです。
人の想いはそうして繋がっていきます。
想いが永遠たる所以です。
夢を描くように、想いを行動に変えていきましょう、
あなたの人生をより豊かにする夢の苗木を育むように。
賢樹
星を結ぶ
一人の空間に安らぎを覚え、
時に動物に語りかけたり、
想像のなかで物語が展開する、
音楽に心が反応しやすく、
あるものではなく、ないものに憧れを抱く、
それらに少しでも共感できる人は、とても繊細な「孤独の星」を命に有する人です。
人間には8つの星が宿り、その星が交互に作用しながら一己の人間を形容していますが、その度合いが強いほどに、あなたという人間を象るいくつもの星の中で「孤独の星」が一際輝く星となっているかもしれません。
あるいは、あなたという人間の中心を担う星になっているかもしれせん。
そんな「孤独の星」を持つあなた
あなたは感情の揺れ幅が大きく、それを鎮めるために一人の空間、時間を人よりも多く欲するかもしれません。
心の平穏が少なく、時に悲観に傾き過ぎたり、言葉ではなく心で感じて欲しいと思ったり、理解よりも共感を求めたり、、
とても繊細で感受性が豊かで、想像力にも長けていて、時に芸術的な表現をすることもあるでしょう。
群れることを嫌い、動物との触れ合いに心の癒しを求めることも多いかもしれません。
人の痛みに敏感で、その心に寄り添い、思いを重ね、時には誰かのために火のなかに飛び込むようなことをするかもしれません。
そんな「孤独の星」を持つあなた
あなたの心はとても繊細で、誰にもわかってもらえない、もう一人にして欲しいと心を閉ざすこともあるかもしれません。
ですが、あなたはとても優しく献身的で、人の心を救うような存在となれる人です。
あなたが人の痛みに敏感なのは、あなた自身が心の痛みに敏感だから、
あなたはそこで生じる痛みや苦しみを、時に人の心への共感や理解に活かしたり、時に芸術を生み出したり、心の静寂を求めて孤独を好むような生き方を選ぶでしょう。
そんなあなたは、夜空に輝く星のような孤高の存在です。
夜空に輝く数多の星座は、漆黒のギャンバスの上で「孤独の星」が結び合うことによって、美しい絵画のような輝きを放ちます。
あなたという孤独は、誰かの孤独とつながるときに、その孤独は意味を成し「美しい星座」へと変貌するのです。
出逢いがあなたを「孤独の星」から「美しい星座」へと変えていくのです。
「孤独の星」を持つあなたへ
あなたの孤独はいつか
誰かの孤独を癒すことになるでしょう
同じように孤独に震える誰かの心を
星を結ぶように
賢樹
運命の軌道
自由とは自分らしく生きること、宿命のままに、自然体に、心の赴くままに生きることです。
そして、自由であり続けるには、己を知り、人を知り、社会を知り、「運命の軌道」を知ることが大切です。
空を自由に羽ばたく鳥には、鳥の飛びやすい軌道というものがあります。
私たちが暮らす地球にも、他の惑星にも、その道となる軌道があります。
宇宙に存在する人間もまた小さな宇宙を宿す存在、その運命には必ず軌道というものが存在します。
つまり、「運命の軌道」とは、あなたが歩むべき人生の「道」のことです。
人は「運命の軌道」に沿って生きている時、それに相応しい環境のなかで、それに相応しい行動をしている時、肉体、精神、心は安定し、自由や幸福を感じ、社会においても輝きを発することになります。
ただ、人はその軌道から逸れてしまっている時に大いに悩み、苦しみますが、その時のなかで己の人格を磨き、人間性を深めていきます。
その磨かれた人格、深い人間性は「運命の軌道」を安定させることに繋がります。
人生に無駄な時間などありません。
「運命の軌道」から逸れる時期は大なり小なり、誰しもが必ず経験します。
大切なことは、そこで何を失うかではなく、何を得るかです。
その得たものがあなたの「運命の軌道」のコンパスとなり、その軌道を安定へと導きます。
あなたが今、苦しみや違和感、窮屈さを感じているとしたら、それはあなたがあなたの「運命の軌道」から逸れていることを意味します。
つまり、軌道修正が必要な状態です。
それは例えば、生活環境、職場環境、身内や社会における人間関係、進もうとしている方向のズレなどに起因してきます。
そこの調整が必要だということです。
人は不思議と自分の人生のタイミングや、「運命の軌道」を感じとる力を持っています。
個人差はありますが、人の直感というのはある意味で予知的な力と言えます。
皆様も経験はあるかもしれませんが、不安から生まれる願望ではなく、なんとなくこうなる気がする、というような湧き出る感覚のことです。
その直感は大切にされることです。
あなたの「運命の軌道」を見つめていきましょう。
今がどんな時か、どのような行動が求められているのか、これからどう生きれば良いか、どのような準備をして、どのような環境を整えていけば良いか、、
宜しければ、広大な宇宙を観測するように、あなたの「運命の軌道」を観測しながら、あなたの人生がより豊かなものとなるよう、お話ししましょう。
「運命の軌道」は、あなたが歩むべき、あなたの人生の「道」です。
迷子になっているようでしたら、その道を一緒に見つけましょう。
己の「運命の軌道」を知り、その軌道を自由に、楽しく、悠々と歩めるあなたでありますように。
賢樹
心の栄養
人には「肉体」と「精神」があり、その狭間で両者のバランスをとる「心」が存在します。
「肉体」の栄養は食生活に、炭水化物、タンパク質、脂質、ビタミン、ミネラル、食物繊維、水などが挙げられるでしょう。
「精神」の栄養は趣味嗜好に、買い物をしたり、美味しいものを食べたり、温泉に入ったり、旅をしたり、ドライブしたり、音楽を聴いたり、楽器を演奏したり、料理をしたり、動画を見たり、ゲームをしたり、映画を見たり、絵を描いたり、読書をしたり、習い事をしたり、お洒落をしたり、スポーツをしたり、、
では、「心」の栄養は何でしょう。
車に例えてみましょう。
「肉体」は車体(エクステリア)、
「精神」は内装(インテリア)、
「心」は「肉体」と「精神」を前進させる「エンジン」です。
「心」に必要な栄養は車で言えばガソリン、今で言えば電気なのかもしれませんが、人で言えば「心」の栄養は人生に掲げる夢や理想、想いです。
目標を達したい、夢を叶えたい、あるいは、恋愛がしたい、結婚がしたい、健康でありたい、良い仕事に就きたい、良い生活をしたい、、
誰かの想いに応えたい、誰かを喜ばせたい、誰かに愛されたい、あの人に会いたい、、
「心」の栄養は、「心」が自然と求めているものなのです。
夢や理想を掲げる、目標を据える、想いを抱く、それによって「心」は栄養を得て「肉体」や「精神」を突き動かしていくことになります。
さて、
人の一生のなかで「肉体」も「精神」も「心」にもバイオリズムというものがあります。
人には元気な時、気力に満ちている時とそうでない時があるということです。
自分の人生の「時」を知ることはとても大事なことです。
その時を自然の摂理から生まれた「算命学」はちゃんと教えてくれます。
前進するためのガソリン、あるいは電気がなくなった時は補給、充電、それらが満たされたら進み出す、人生もまた、その繰り返しです。
進めなくなった時、人は不安に駆られます。
でもそれは、あなたの人生がその時なのであって、あなたも、周りも決して悪くないのです。
不安が生じたら、無理に進むのではなく、次の道に向けて備えること、新たな学びや「肉体」「精神」「心」のメンテナンスに意識を向けることです。
そうしてまた、時が来たら動き出すのです。
動く時は動く、休む時は休む、今は無理をしない、今は多少無理しても頑張ろう、その判断を自分の人生の時を見ながら判断していくことが肝要です。
人は誰もが夢を見ていたい、理想を追い求めていたいのだろうと思います。
なぜなら、人は「心」が原動力、その淡い想いや願いが、出逢いを引き寄せ、人生をより豊かなものに変えていきます。
私も日々、いろいろな人と出逢い、その方の喜びや悲しみ、苦しみ、さまざまな感情や想いを感じ、その人生に触れさせていただいております。
その内容がなんであっても、ひとりの方と向き合う時間がとても尊く、大切な時間、貴重な瞬間だと感じています。
「この苦しみはずっと続くのでしょうか」という質問をよく受けます。
その痛みや苦しみを想像するたび、私も「心」が痛みます。
ですが、生きている間、ずっと苦しい、不幸、なんてことはないのです。
「肉体」と「精神」と「心」が健康であれば、その時が来た時に、喜びや幸せの瞬間は何度も訪れます。
その度合いは十人十色ですが、その瞬間が来たら、あなたの「心」は満たされ、その「心」の充足に「肉体」や「精神」が呼応するように涙を流すのかもしれませんね。
生きている限り、決して諦めないことです。
ただ、苦しみを抱えて歩き続けるのは大変なものです。
疲れたら、少しでも頼ってください。
あなたの人生の杖のような存在となれたら幸いです。
それと、たまにで良いので「私、頑張ってる」と自分を褒めてあげてくださいね。
生きている、ただそれだけであなたは頑張っているのですから。
賢樹
想いの力
人を突き動かすもの、皆さんは何だと思いますか?
私は「想い」こそ、人を動かすエネルギーであり、原動力だと思っています。
日々、色々な「想い」を抱えている方々とお出逢いします。
未来への「想い」を語られる方、恋愛や結婚への「想い」を語られる方、仕事への「想い」や家族への「想い」、旅行や美味しいものを食べたいという「想い」もあれば、音楽や映画に触れたい、推し活動をもっとしたいという「想い」を抱いてらっしゃる方もいます。
例えば誰かのために、社会のために、あるいは誰かに愛されたいという茫漠な「想い」を抱く方もいます。
そのすべてが高尚なもので、そこに優劣はなく、どんな「想い」であってもその人にとって大切な「想い」、それこそ至上のものです。
ちなみに、欲望と「想い」は違います。
マズローの欲求段階説で言えば、生理的欲求、安全の欲求、社会的欲求、承認欲求の先にある「自己実現欲求」が最も近いものとなるでしょう。
「想い」は永遠と言いますが、「想い」は完結するものではなく、次の新しい何かへと繋がっていくからです。
少し昔の話をさせていただきます。
私は20代の頃、人の死に関わる仕事をしていました。
そのなかで、私が一人で看とった女性のお話です。
その方はある職業の女性第一人者と言われ、家族を持たず社会で広く活動され、多くの名誉を残された方でした。
その方の臨終の時を見つめたのは、他人である20代の私一人、、
そんなに頑張った人がこんな寂しい最期で良いのか、とその時は思いました。
ですが、その後にその方と親交のあった方とお会いする機会や、その方の生前のご活躍を知る機会を得て、私が看とったその女性は亡くなった後も多くの人の心に生き続けていることを知ったのです。
なぜ、その人がそれだけ多くの人の心に生き続けているのか、
それは、彼女に強い「想い」があったからです。
社会を良くしたい、女性がもっと輝ける社会を作りたいという「想い」です。
その「想い」が、彼女を偲ぶ人たちの心に受け継がれていたのです。
彼女が活躍されていた時代から半世紀以上が経ち、今はその職業をされている女性も増えました。
昨今では、女性に人気の職業と言われるほどに。
「想い」は繋がっていきます。
歌も、絵も、本も、建造物も、「想い」が形になったものだからずっと残るのです。
そして、その「想い」はまた、未来の誰かを動かしていくことになります。
「不思議な力」です。
人はどのような最期を迎えるかが大事ではなく、どう生きるか、どう生きたかが大事です。
そして、その生き方に彩りや豊かさを与えるのは結局のところ、家族がいる、友人がいる、ではなくて「想い」を賭して生きた時間があったかどうかです。
「想い」が宿る人の目には輝きがあります。
どんなに苦しくても悲しくてもその目が輝きを失わないのは、その心に小さくても「想い」の火が燻っているからです。
あなたの「想い」を聴かせてください。
その「想い」があなたの幸せに繋がるようにお手伝いさせていただければ幸いです。
賢樹
三度目の誕生日
私は鑑定の際、まず最初にその人の人生の100年の流れを確認させていただきます。
その流れの中に、その人の「三度目の誕生日」と言えるような節目が存在していることに気づきます。
かつて、哲学者ルソーは「人は二度生まれる。一度は存在するために、二度目は生きるために」という言葉を遺しました。
私はそこに「三度目は自由を得るために」という言葉があっても良いのかなと思います。
一度目は肉体、命を得る時(生年月日)、二度目は社会で自立し始める時、そして、三度目は自分らしく歩み始める時、その人がその人らしく、ありのままに、自然体で歩み始める時です。
精神性の高まってきた現代社会にあって、社会的動物である人間だからこそ、必要となる三度目の誕生です。
その「三度目の誕生日」が、30代や40代で来る人もいれば、50代、60代、70代で来る人もいます。
大切なことは早いか遅いかではなく、その日をちゃんと迎えられるかどうかです。
そして、この「三度目の誕生日」こそ、最も祝福されるべき人生の瞬間だと私は思うのです。
ですが、ほとんどの場合、この三度目の誕生の瞬間、その瞬間を祝う人、祝ってくれる人はいないです。
何故なら「三度目の誕生日」は、「別離」や「喪失」をきっかけに始まっていくからです。
但し、ものごとはすべて「陰」と「陽」、あざなえる縄の如く「別離」があれば必ず「出逢い」という対局の事象も現れます。
だから、不安になることはありません。
ただ、その始まりの時は、どこか孤独なものとなるのかもしれませんね。
だから、その時が来たら、まずは自分を祝ってあげてください。
「おめでとう、私」と、
その瞬間が、あなたの人生において最も祝福されるべき瞬間なのですから。
そして、できるなら「ここまでよく頑張ったね」と、あなた自身を労ってあげてください。
「三度目の誕生日」は、あなたが祝ってあげるべき、あなたの人生においてとても尊い誕生日です。
あなたがあなたらしく、ありのままに生きれることこそ本当の自由であり、そこから生まれる幸せこそ、あなたの人生に意味を与える本物の幸せです。
ひとりでいることもあれば、誰かといることもあるでしょう。
自己愛を満たすために生きることもあれば、誰かのために犠牲的に生きることもあるでしょう。
取り巻く環境や、生き方も、人それぞれです。
ただ、常識を大切にしても、常識に囚われないことです。
そして、今を大切にすることは素晴らしいと思いますが、今がすべてだとは思わないことです。
人生は旅のようなもの、その先で思わぬ喜びや幸運、発見が待っているものです。
その時が来ることを信じて耐え忍んだ人、その時を信じて勇気ある一歩を踏み出した人に、運命は必ず応えてくれます。
人生において「三度目の誕生日」を迎えたその先は、あなたの人生を仕上げる大切なステージとなります。
あなたという物語のメインであり、クライマックス、フィナーレとなる部分です。
どうか、自分の人生を諦めないように、「三度目の誕生日」を迎えるあなたを祝ってあげてくださいね。
賢樹
灯火
暗がりに灯るロウソクの明かりに心の安らぎを覚える人は、生まれ持った宿命に「灯火」を象徴する星を持ちます。
「灯火」を宿す人は感性が豊かで人の感情の機微を感じとったり、音楽や絵画などの芸術でその才を発揮する人もいます。
命に「灯火」を持つ人は、炎の揺らめきのように感情が揺れやすく、いつかは消えるロウソクの明かりのような儚い夢を抱きます。
さて、 人の命もまた、そんな「灯火」のように「限り」というものがあります。
散りゆく桜が美しいように、人もまた有限の時を生きるからこそ、儚くも尊く、美しく輝けるのです。
もし、あたりまえのように訪れる明日が来ないと知ったら、あなたは何をしますか?
明日は誰にでも約束されているわけではありません。
もし、明日が来ないと知ったら、あなたは何を思うのでしょう。
目に映る景色がその瞬間から変わって見えてくるかもしれません。
自分の存在に思いを向ける人もいるかもしれませんね。
誰かに「ありがとう」や「ごめんね」や「許してね」や「愛してる」を伝えたくなるかもしれません。
誰かを無性に抱きしめたくなるかもしれません。
明日が来ないと思うと、今日という日が限りなく尊く、美しく見えるかもしれません。
あたりまえの日常が、ありふれた日常が、どれだけ尊いものか、感じるのかもしれません。
儚げにゆらめく「灯火」は、そんな命の尊さを伝えているのかもしれませんね。
私も鑑定師として、あなたと過ごす時間が最初で最後の時間になるかもしれないという思いで、いつも向き合っています。
「灯火」を自ら消さないように、大切にしてください 。
「灯火」はひとつよりもふたつの方が明るさは増しますから。
生きている限り、どんなに辛くとも、いつか思いきり笑顔になれる日は必ず来ます。
あなたの命の「灯火」がより輝けるように、心を込めて鑑定させていただきます。
賢樹
季節が巡るように
桃色は桜の彩、
一本の樹を愛でるだけでも四季の移ろいを感じることができます。
春にやわらかな桃色の衣をまとい
夏にはあざやかな翠の衣をまとう
秋にはまばゆい黄金色の衣をまとい
冬にははかなげな白い衣をまとう
季節はそうして、一本の樹に彩りを与えながら巡っていきます。
人も同じです。
この世界に季節の移ろいがあるように、人の運命にも季節の移ろいがあります。
そして、その季節の移ろいによって、人生に「いろどり」や「ドラマ」が生まれてきます。
人の運命の四季、春夏秋冬は120年の枠の中で、12年の枠の中で、12ヶ月の枠の中で一巡します。
こうした季節の変わり目には必ず、大きな変化が生じてきます。
季節の変化を告げる現象の多くは環境の変化、その主たるは人間関係の変化や体調の変化、ですがその変化は現実的なところにだけでなく、人の意識や思考、感覚、価値観にも大きな変化をもたらします。
最近、人間関係にしんどさを覚える、仕事環境にストレスが大きい、体調を崩すことが増えた、そうした出来事が増えてきたと感じている人は、今その時、あなたの運命が大きな転換期に差し掛かっているから起きている現象なのかもしれません。
自分の運命の「季節」を知ることはとても大切なことです。
そして、その季節に見合った装い、生き方というものがあります。
伸びきったバネのように、運命もまた、必ず本来あるべき姿、道へと戻ろうとします。
つまり、今あるべき運命の「季節」と「現状」が乖離していると、運命は時に厳しく、その人を本来あるべき状態へと戻すために「お知らせ」を与えるのです。
「お知らせ」は現象化します。
それを試練と捉えるか、自然な流れと捉えるかはその人次第です。
自分の運命の「季節」を知りたい、
それに見合った生き方、身の処し方を知りたい、
そう心が望んでいる方は、是非ご質問ください。
寒さに凍えるような冬の後には必ず、あたたかな春の日差しを感じる季節が巡ります。
心燃やすように生きた夏の後には必ず、まばゆい秋の豊穣を愛でる季節が巡ります。
次に巡る季節を知り、それに備えて準備することはとても大切なことです。
あなたがより豊かな人生を歩めますように。
賢樹
人生という名の旅
旅と聞くと、乗り物で色々な場所や国へ赴くことを想像されるかもしれません。
今回、私がお話しするのは人生という旅のことです。
その旅は最終地点のわからない、その人にしか歩めない長い長い旅路のことです。
生まれた瞬間に始まるこの旅は、ライブイベントという様々な目的地を越えて、やがて旅の終着点へとたどり着くことになります。
そんな人生の旅を彩り豊かにしてくれるもの、、
それは「出逢い」です。
人生の旅は「出逢い」と「別れ」の連続、そこに悲しみや喜びなどの感情という色を塗りたしながら旅の地図は仕上がっていくことになります。
「出逢い」と「別れ」は陰と陽、表と裏、常に一体となって現れます。
そして、「出逢い」は次の「別れ」を、「別れ」は次の「出逢い」を引き寄せます。
そうした出来事が色濃くなる時は、人生のひとつの転換期となります。
「出逢い」と「別れ」が人生の旅においては乗り換えのタイミング、人生の旅が次の出発点へと向かい出すタイミングということです。
では、方角はどうやって定めればいいか、、
人生の旅の方位磁針となるのは「心」です。
あなたの心は、今もあなたの行く先を指し示そうとしています。
心が行く先を指し示さない時、あるいは方位磁針の針が揺れている時は、まだ出発の時ではないだけです。
人生のいたるところで、あなたはそれまでの旅路を振り返るでしょう。
これでよかったのか後悔の念を抱くこともあるでしょう。
「別れ」を受け入れられないまま旅路を歩んでしまったと思うこともあるかもしれません。
ですが、振り返るということは、もうあなたの人生の旅路は前に進んでいるのです。
あなたはもうそこにはいないのです。
次の目的地へと、もう新たな旅は始まっているのです。
人生の旅は片道切符です。
戻ることはありません。
過ぎ去った時間に後悔を残すことは悪いことではありません。
ですが、未練を残すよりも、その記憶を美しい記憶として心に留めて進む方が、あなたの旅の景色はより美しく鮮明に輝くことになるでしょう。
過去に意識を伸ばすよりも、これから起きる出来事や、まだ見ぬ新たな「出逢い」に意識を向けてみてください。
そうすることで、あなたの人生の旅は加速し始めるはずです。
あなただけの大切な人生の旅、
一度しかないかけがえのない人生の旅、
その旅が、
どうかあなたの幸せへと向かう旅路でありますように。
良き「人生の旅」を
賢樹
心の美しさ
先日、ある方が「心美しくありたい」という言葉を聴かせてくださいました。
そう思えること自体、既に心美しい方だと感じたのですが、「心の美しさ」とはどういうものなのでしょうか?
ひねくれた見方をすることなく、純粋にものごとを捉える心は美しいのでしょうか、
ゆとりやおおらかさがある心は美しいのでしょうか、
人への思いやりや感謝を忘れない心は美しいのでしょうか、
困ってる人がいたら手を差し伸べられるような優しい心は美しいのでしょうか、
自分の欲を抑えて人のことを考えられる心は美しいのでしょうか、
自分以外の誰かのことを大切に想える心は美しいのでしょうか、
これについては人によって様々な見方や意見があるので、あえて定義はいたしません。
皆様はどう思いますか?
ひとつ言うなら、心は完璧でない方が美しいと思います。
どこか欠けたところがある、不完全な心の方が美しさは際立つということです。
常に心美しい、ではなく、今日はいつもより心美しくあれるぞ~ぐらいが丁度良いということです。
心もまた、浮き沈みや変化があるからこそ、美しさが感じられるのです。
満開の桜の樹を思い浮かべてみてください。
桜の美しさが際立つのは、それが永遠ではないからです。
つまり、いつか散るからです。
限りある時間のなかにあるからこそ「心の美しさ」も際立つのです。
そして、「心の美しさ」は去り際に一際輝きます。
桜は散り際が美しいと言いますが、人の人生においても、別れ際やものごとの終点に美しさを残せる人は「美しさの本質」を得ているのかもしれませんね。
「心の美しさ」はふとした時の表情や態度、言葉に現れます。
そして、その美しさは生き方にも現れます。
心美しき人の生き方は、人の心に残ります。
日々の生活のなかで、あの人は心が綺麗だな、、と感じることがあれば、その人はどんな人か想像してみてください。
きっと、そこにあなたが望む「心の美しさ」があるはずです。
賢樹
あなたの道
人は生まれた時、そこにあなただけが歩める、あなただけの「道」が敷かれます。
あなたの宿命に見合う、あなたにとっての理想の道です。
しかし、その道を寸分たがわず正確に歩める人などいません。
人生の終着点で振り返ると、「あなたの道」と「あなたが歩んできた道」は完全には一致しないのです。
その一致しないところに人生のドラマがあります。
そして、そのドラマが結果的に、あなたの人生をより豊かで彩のあるものへと仕上げてくれるのです。
さて、人は宿命に見合う理想の道にある時はどこかで安心や幸福というものを感じますが、その道から外れている時は違和感や不安、苦労というものが生じてきます。
ですが、道から外れていることは決して悪いことではありません。
人は、道から外れている時にこそ、人格を磨き、人間性を豊かにし、成長という結果を得て、その後の人生でより豊かな幸せを築いていくのです。
そして、自分の宿命に見合う理想の道を歩める「時」というのもまた、人それぞれで違います。
若い頃にその理想の道を歩めていたのに中年になって外れていく人もいれば、若い頃からずっと理想の道から外れていて中年、あるいは晩年にようやく自分の宿命に見合う理想の道を歩み始める人もいます。
そこは他人との比較ではなく、自分の宿命に見合う理想の道を知り、その道が歩めるようになる「時」を知ってください。
私の鑑定では、あなたの生まれ持った宿命、そしてそこから現れる運命の「道」を見定めていきます。
そして、それをお伝えしながら、どうすれば自分らしく、ありのままにその道を歩んでいけるか、理想の道とは何か、その時はいつなのか、あなたが幸せを感じられる環境づくりを共に考えながら、お話しさせていただきます。
賢樹
自然に還るということ
人が自然に還る、とはどういうことでしょうか、
私の扱う算命学は、時間と空間の理論から導き出される自然万象学です。
その人の本来あるべき自然な姿をありのままに映し出します。
そして、人はそれぞれに生まれ持った宿命通り、ありのままの自然な状態にあるほどに自由や幸せを感じやすくなります。
自分らしく生きることの大切さはそこにあるのです。
ただ、人は生まれ落ちた時、多くの矛盾を抱えて生まれてきます。
その最たるものは環境です。
初めから自分らしく、ありのままに生きることは難しいのです。
ただ、その矛盾のなかに様々な学びや成長の機会があり、それを克服していくことによって人生はより豊かなものになっていきます。
植物にはその植物に適した環境があるように、人もまた、自分の宿命に適した環境というものがあります。
そこに近づくほどに、心は自由を感じ、喜びや幸せの感度も上がっていくのです。
「自然に還る」という言葉がありますが、人もまた人生という長い旅路において自然に還る道程を辿っているのです。
心の赴くままに、自分らしく生きられる環境を求めて歩み続ける、それが自然に還るということなのかもしれませんね。
あなたの大切な人生、一度きりの人生、そのかけがえのない人生をより豊かなものとしたいのであれば、まずは自分の宿命、どのような星の下に生まれているか、本来あるべき状態、適した環境を知ってください。
そして、それに見合う人間関係や環境を整えていきましょう。
生まれ持った宿命は変えられない、でも運命はあなたの行動ひとつで、今この瞬間から変えていけるのです。
賢樹
心を救う学問
私の専門とする「算命学」について少しお話しさせていただきます。
昨今、よくメディアでも聞かれるようになった「算命学」ですが、実は東洋占術の中では最古のものと言われています。
なのに、日本社会ではその名が登場してまだ100年も経っておらず、ここ数十年で「算命学」を扱える鑑定師がようやく増えてきた実情があります。
なぜ、最近になって「算命学」が世に現れたのか?
「算命学」は4000年前に中国大陸で生まれたとされる自然万象学(一極二元論、陰陽説、五元素思想など)をベースとした16の理論体系から成る予知学です。
「算命学」には、天法、地法、数理法、気図法、八門法、六親法、八格法、天格法、地格法、双竜法、転回法、飛龍法、算段法、太陰法、太易法、三命法、以上「十六元法」とそれを支える100以上の技術が歯車のように存在しています。
日本で昔から馴染まれてきた一部の東洋占術は、このうちの天法と地法のみが発展したものと言われています。
「算命学」のベースとなる陰陽五行を日本で初めて用いたのは陰陽学の学者たちであり、安倍晴明であったと言われています。当時、彼らは今で言う国家公務員という地位も与えられていました。
さて、「算命学」が歴史上、最初に活躍したと言われているのが2000年以上昔の春秋戦国時代、中華統一を果たした秦の始皇帝が六国を滅ぼすために軍略として用いました。
私も当時活用された軍略としての技術を一部学びましたが、確かに一国を滅ぼせるほどの知識を得られたのであろうと感じます。
ちなみに、これらの技術は現代でも経営コンサルの現場で活用されています。
秦の始皇帝は国を滅ぼすほどの力を持つ「算命学」を恐れ、それを扱う者を王朝の内に置き、一子相伝としたのです。
そして時は流れて戦後、「算命学」の伝承者が日本に亡命して「算命学」は日本の地で日の目を浴びることになります。
日本の伝承者は、学問とは広く市井の人々に活用されてこその学問であるという考えに立脚し、「算命学」を「人の心を救う学問」として後世に伝えられました。
それが今、人々の日常の生活、人生に生かされる学問となったのです。
未来を予知する学問なので占いや占術という言葉で表現することもありますが、極論、生まれた意味、そして生きる意味、いかにして生きるか、それらを知るための学問でもあります。
人生を変えたい、より良い人生にしたいなどの強い想い、願いを持って向き合えば、「算命学」はそれに応えるだけの力を発揮します。
あなたの人生という時間の流れにおいて、鑑定の時間は一瞬、ですがあなたの心次第でその一瞬が人生のすべてを一変させるものになります。
本気で良くなりたいなら、変わりたいなら、本気でご依頼ください。
あなたの人生が輝きだすよう、私も本気であなたの心と向き合います。
賢樹
幸せになるために
よく「私は幸せになれますか?」というご質問を受けます。
私は必ず「幸せになれます」とお答えします。
「幸せになる」権利は、生きとし生けるものすべてに平等に与えられています。
「幸せ」とは一つの極みであり、極みであるが故に陰と陽の存在が必要となるのです。
「幸せ」という極みにたどり着くには、その人の「空間(陽)」と「時間(陰)」が理想的なカタチで結び付かなければいけません。
「幸せ」とは何か?
心が満たされる、あるいは心が望む状態となっていることです。
「幸せになる」ためには、
「幸せになれる時間」と「幸せに気づける空間」の二つが重ならなければなりません。
「幸せになれる時間」とは、その人の人生という時間の流れにおいて運が熟する時です。
「幸せに気づける空間」とは、その人の生まれ持った宿命に見合う環境が整っている状態です。
その人の「時間」と「空間」が理想的なカタチで結びついた時、その人は真に「幸せになれる」のです。
だから、「幸せ」というものを他者と比較することは不可能なのです。
人の「幸せ」というものは人それぞれです。
例えば、、
友達と過ごす時間に幸せを感じる人もいれば、それが父親もしくは母親、恋人、配偶者、子供、わんちゃん猫ちゃんとなる人もいます。
もちろん、一人で自由に過ごすことに幸せを感じる人もいるでしょう。
旅をしている時が幸せ、あるいは美味しいものを食べている時、お酒を飲んでいる時、スポーツをしている時、お風呂に入っている時、読書をしている時、ゲームをしている時、映画や芸術鑑賞、あるいは創作活動、、
人の喜ぶことをしている時、あるいは人に感謝されている時、褒めてもらっている時という人もいるでしょう。
人の「幸せに気づける空間」は多種多様、
「幸せになれる時間」も、人生100年のうちのどこでくるか、人によって全然違います。
10代や20代で来る人もいれば、40代、50代でようやく来る人もいます。
周りに幸せそうな人がいて羨ましいと思うことは自然です。
ですが、それはただ、その人が宿命に見合った環境にあり、その時を迎えてらっしゃるからです。
それは、その人の「幸せ」であり、その人の「時」なのです。
あなたにはあなたの「幸せ」と「時」があります。
まずは、あなたの「幸せ」の「時間」と「空間」を知ることから始めてください。
皆様にその「時間」と「空間」をお伝えできれば幸いです。
賢樹
統計学との違い
算命学を「統計学」ですよねと言われる方がいますが、はっきり申し上げて「統計学」は全く別物です。
「統計学」とは、得られたデータの特徴を数値やグラフにして、その平均や確率などを扱い未来を予測するなどの学問です。
鑑定師個人の経験の範疇において、統計的な判断をする場面はあるかもしれません。
ですが、私の扱う「算命学」は、古代人が自然界の循環(木は燃えて火となり、火は灰となって土となり、土はやがて岩となってその隙間より水は洩れ出でる)の中に人の宿命や運命を見出そうとした学問です。
生年月日から導き出される個人の宿命も、その瞬間の天体の星の位置などが反映した奥深い理論があります。
一己の人間の尊い人生を見る上では、統計学的な平均や確率などを論じるのではなく、人間も自然の一部であることを示す確かな学問と温かみある詩的な表現が必要となります。
人が人の幸せのために編みだし、悠久の時を紡いできた「算命学」
そこから導き出される言葉が、あなたの人生に優しい音色となって響きますように、心を込めて鑑定させていただきます。
賢樹
天地人
「天地人(てんちじん)」という言葉があります。
「天」を最上とし、「地」があって「人」が存在する、宇宙間の万物をさす言葉です。
私の扱う算命学は「天」と「地」の仕組みからその間に生きる「人」を論じる学問です。
故に、「天」を知り、「地」を知り、その関係性の中で「人」の宿命や運命を導き出していきます。
造語ですが、
「天の時を知り、地の利を得て、人の和を創る」
何かが結実する時、必ず「天」と「地」と「人」は交わります。
これは、紀元前に存在した中国戦国時代の儒学者孟子の言葉に影響を受けています。
「天の時は地の利に如かず 地の利は人の和に如かず」
「天」の時も「地」の利には及ばず、「地」の利も「人」の和には及ばないということです。
ある意味、「人」を最上のものとした理論です。
かつて、日本の戦国武将上杉謙信もこの理論を戦に勝つ3条件として引用しいたそうです。
「天地人」という言葉から派生した理論は様々ですが、
私の鑑定では、その方にとって最良の時、最良の環境、そして最良の人間関係がどのようなものとなるかを導き出します。
皆様の大切な人生のワンシーンで「天地人」を意識してみると、そこから生まれる行動はより良い未来を導き出す最良の一手となるかもしれません。
「人を大切に想い、環境を整え、タイミングを合わせる」ということが大切だということです。
賢樹
本物の未来
「過去」「現在」「未来」
時は三つの時間軸でとらえることができます。
「現在」を大切にする人、
「未来」に目を向けようとする人、
「過去」にこだわる人、
様々な人が存在します。
どれも間違ってはいません。
ただ違っているだけです。
「過去」に心を支配されず、
「未来」に心を支配されず、
「現在」に心を支配されず、
「未来」「現在」「過去」をバランスよく、
心で感じて生きていくことは大切なことです。
すべては人生というひとつの線で繋がっている。
だって、
「未来」は「現在」の結果であり、
「現在」は「過去」の結果であり、
つまり、「未来」は「過去」の結果なのですから。
「過去」を否定することは、その人を否定することに他なりません。
「過去」は大切なもの、
どのような「過去」であっても、
それがあるから人は「未来」を夢見ることができるのです。
己の「過去」を受け入れた先に、本物の「未来」が待っています。
「過去」の向こうに「未来」を見いだす、
人は時の流れのなかで成長していく生き物です。
賢樹
幸せを知るために
古代中国に「五知」という教えがあります。
「知恩」「知道」「知命」「知足」「知幸」の五つの教えです。
恩恵を知り(知恩)、道(世の仕組み)を知り(知道)、命運を知り(知命)、満足を知り(知足)、そして幸せを知る(知幸)・・・
わかりやすく言うと、
人は感謝の気持ちを大切にすることで社会の道理を知り、
己を知ること初めて満足が生まれ、その先にある真の幸福に気づくことができるようになる、ということです。
私が鑑定師としてお手伝いできるのは「知命」です。
まず、私は算命学を用いてその方の「宿命」を視ていきます。
そこにその方の等身大の姿が描き出されます。
そして対話の中でその方の「ひととなり」を感じていきます。
そこにその方の人間性が描き出されます。
描き出されたものをその方にお伝えすること、それは私の鑑定師としての役目の一つです。
その方が自分を知り、今を知り、そしてを過去の意味を知り、未来を感じていただけるよう、ときには鏡のような存在となって向き合うことを心掛けています。
「算命学鑑定による本質は心を救うこと」
尊敬する方が生前に遺した言葉、想いです。
私をその想いを胸に、今日もお一人おひとりと全身全霊で向き合って参ります。
その方の幸せのために
賢樹
人間関係を良好に
人と接するとき、私は「五常(ごじょう)」を意識するようにしています。
「五常(ごじょう)」は、中国の代表的な思想「儒教」の教えです。
昨今謳われる接遇やマナー、コミュニケーション術などにおいて、広義で言えば人間社会において最も大切なことが説かれているように感じます。
「五常」とは、「仁・義・礼・智・信」の五つの徳を指し、ものごとの道理あるいは倫理を説いたものです。
「仁」は、人を愛すること。
「義」は、人のために動くこと。
「礼」は、人を敬うこと。
「智」は、人を知ること。
「信」は、人を信じること。
簡単な解釈としましたが、これを知っているだけで普段の人間関係は大きく変わってきます。
実際にこのいくつかでも日常のなかで実践できていれば、それに見合う人間関係が自然と広がっていきます。
例えば、
愛情をもって接する、
困っている人がいたら手を差し伸べる、
挨拶や言葉遣い、態度で敬意を示す、
相手の気持ちや立場を理解する、
心を開き、相手とまっすぐに向き合う、
上から「仁・義・礼・智・信」の具体例を挙げましたが、こうしたことの積み重ねが人として徳を積むことにも繋がっていくのです。
心地よい社会の実現のため、相手の心を大切にするためにも、宜しければ「五常」を意識してみてください。
賢樹
目は心の窓
人は「目」で「心」を語ります。
算命学では、人の存在は器となる「肉体」、そこに宿る「精神」、そして「肉体」と「精神」を繋ぐ「心」の三位一体からなるものと説いています。
その「心」の状態を表しているのが「目」です。
私が言う「目」は、感情によって変化する眼相ではなく、
「心」が表している憂いや深み、光を宿した「目」です。
そうした「目」になるには、それ相応の経験も必要です。
稀に20代や30代でそうした深みのある「目」をする人がいます。
綺麗な「目」ではなく、深みのある「目」です。
「人の痛みを感じることのできる目」であり、
「強い想いを秘めた目」であり、
「利他愛に満ちた目」です。
鍛えられた心だけが表現できる「目」です。
そうした「目」は人の心を動かすチカラを持っています。
「目」は心の窓と言われます。
「目」を見ると、不思議とその人の心が伝わってきます。
強く見せようと思っても、そこには等身大のその人が映るのです。
賢樹
「宿命」と「運命」の違い
「宿命」と「運命」の違いを説明できる人はどれだけいるでしょうか・・
「宿命」は命に宿ると書き、「運命」は命を運ぶと書きます。
つまり、人生の海原を往くあなたにとって、
「宿命」はあなたの乗る船であり、
「運命」はあなたの船が進む航路ということです。
人にはそれぞれ生まれ持った「宿命」があります。
その命に宿る「宿命」を可視化することで、
その人の性格や特徴、傾向など多くのことが視えてきます。
ただ、それで人生のすべてが決まるわけではありません。
「宿命」は船と比喩しましたが、「宿命」を知るだけでは、船の外観や性能を視ているに過ぎないのです。
大切なことは、あなたの乗る船に適した航路を導き出すことです。
航路とは「運命」のことです。
「運命」は変えられない、というのは大きな間違いです。
なぜなら「運命」とは、今この瞬間も「宿命」と環境の接点に生じているからです。
環境とは、生まれ育った環境、今あなたを取り巻く環境、そしてあなたと関わる縁深き人々が織りなすものです。
あなたの航路もまた、そうした環境の影響を受けながら導き出されていくのです。
そして、人生は選択の連続・・
そのときそのとき、どのような選択が正解か?ではなく、
どのような選択が最善となるかを導き出すことが大切です。
「宿命」を知り、それに見合う最善の「運命」を歩んでいく、
それが、その人にとっての「幸せ」への最高のアプローチとなります。
賢樹
自然界でのあなたの役割
算命学には数多の鑑定術があります。
その一部、その人の宿命を自然界の姿でとらえる鑑定術があります。
例えば・・
樹のように優しく真っ直ぐ生きる性質を持った宿命、
太陽のように熱をもって人々を温める性質を持った宿命、
大地のようにどっしりと構えて命を育む性質を持った宿命、
宝石のように美しく煌びやかに生きる性質を持った宿命、
海のように広く自由に生きる性質を持った宿命などなど・・
その人の宿命を自然界の姿で湧出し、
適した環境、適した相手、適した生き方、
それらをその人の一生を彩る四季の移ろいのなかで視ていきます。
自然界において、あなたの宿命が一本の樹であったとしましょう。
あなたは春になれば色鮮やかな花を咲かせ、
夏になれば緑を湛え力強くそびえ立ち、
秋になれば深みを帯びた紅に染まり、
冬になれば寂しさを隠すように雪の華を飾る・・
そうして四季の移ろいのなかで一生を送っているのです。
人生は常に一定ではありません。
すべては時の流れのなかで変化していきます。
その人にとって良いと思える時もあれば、
良く思えない時もあるでしょう。
でも、人生のいかなるときも、良し悪しというのはないのです。
すべては、その人の人生に必要なことであり、無駄なことはひとつもありません。
大切なことは、その時をどう生きるかです。
人生という四季の移ろいのなかで、
今、自分がどのような環境にいるのか、
どのような環境が向いてるのか、
それを知ることがより良く生きることに繋がり、
より人生を楽しむための一歩となります。
賢樹
「占い」との違い
算命学鑑定は占いとどう違うのか?
未来を予見するという点においては重なる部分はありますが、「算命学鑑定」=「占い」ではありません。
「占い」は、人の運勢、物事の吉凶、将来の成り行きなど、直接観察することのできないものを判断、予言することです。
現代で最もそれに近い形をとるのがタロットカードなどの卜占(ぼくせん)と呼ばれるものになります。
「算命学鑑定」は、生まれた日からその人の「宿命」を知り、その人を取り巻く環境を重ねながら、その人がどのように生きれば良いかを示していきます。
自分を知ること、そして今を知ること、過去の意味やこれから先どう生きれば良いかを知ることが何よりも大切です。
より賢く生きるための「処世術」のようなものとイメージしていただいても結構です。
「宿命」を正しくとらえる知識、技術だけでなく、その人がどのような環境にあるか、どのように生きてこられたかを重ねることで鑑定の精度はさらに上がります。
だから、熟練の鑑定師ほど「対話」を大事にします。
鑑定の精度を上げるために必要なプロセスだからです。
賢樹